[読書メモ]『藤子・F・不二雄大全集 別巻 Fの森の歩き方』(藤子・F・ 不二雄)

p39
ごくありふれた家庭に、奇妙な居候が住みつく。この構図は藤子漫画のひとつのパターンとなり、これ以降も発展していく。

p138
言論の自由のためさ。力ずくで他人の口をふさごうとするなんて、絶対にゆるせない!!

p182
F系男子の特徴として、自分の好きなことになると熱中し、夢中になることが挙げられる。熱中できるなにかを持つことはF系男子の第一の条件なのだ。

p195
見えないところのおしゃれもだいじなのだ。

p233
単行本化の際に行われる描き足しで、いちばん多いのは、広告部分の “穴埋め” ではないでしょうか。/雑誌掲載時には、まんがの中に、縦3分の1や横2分の1などのスペースで広告が載ることがあります。これらを埋めるために、お話には絡まないワンポイントカットを描いたり、前後の中間的なコマを描いてお話をつないだり、コマの枠を広げて大きな絵に変えたりなどの工夫をします。

p236
『藤子・F・不二雄大全集』では、雑誌での発表順収録を基本ルールとしています。作者不在の中で、極力、後の人間の恣意的な判断を排するためです。一方で原稿としては、藤子・F・不二雄本人が最終的に判断して加筆修正したバージョンを収録しています。

p278
「俗悪まんが(つまり児童まんががすべて)は暴力的であり、反道徳的で痴呆的で、放置すれば日本中の子供を汚染するであろう。」というのが共通した論旨でした。

p279
それでもぼくらはまんがを描かずにはいられなかったのです。

p280
親や先生の目を盗んでまんがを読んだ、罪悪感を伴ったあの喜びは、今の読者には無縁の感覚なのでしょうね。地下組織の同志みたいな、作者と読者の堅い連帯感も、もうありませんね。

p280
偏見にこり固まった批判勢力も、一方にあっていいんじゃないですかね。そんな圧力に屈して筆を折るようなら、それは本物の漫画家じゃない。子どもが叱られたぐらいで離れるなら、それは本当のまんがではないのです。

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