[読書メモ]『育育児典 〜暮らし』(毛利 子来、山田 真)
p3
疑問や批判があったら、どんどんお便りをください。そういうことを通じて、この本を、もっと豊かなものにしたいと思います。
p5
あるいは、子をもたない生きかたに切りかえたらどうでしょう。子どもがいないのは欠陥夫婦とか、とりわけ嫁として失格といった古い社会通念に縛られることはありません。ノーキッズの気楽さ、そしてふたりだけで一生を添いとげる幸せだってあるはずです。
pp6-7
日本は、明治維新以来ずっと、国民が一致団結してことに当たることをモットーにしてきました。それは、家族と近隣から地域、学校、会社、団体、そして国家に至るまで徹底していました。/つまりは、個人より集団のほうが上位に置かれていたのです。そのために、ひとりひとりの個性は抑圧され、集団ごとに画一化されてきたわけです。/こうした画一化は、秩序を維持しやすく、力を結集しやすく、とりわけ戦争をしたり高度経済成長をなしとげるにはきわめて有用でした。
pp7-8
少々わがまま勝手でも、かまいません。これまでは、あまりにもわがまま勝手を抑えてきたので、若い人たちに生気がなくなっているのです。あるいは、「よい子」を努めてきたことの鬱屈が暴発したりもしているのです。ですから、少々ゆきすぎがあって、ちょうどよいくらいかと思います。
p10
これからの育児では、「マイナスを包み込む」ようにしたい。つまり人間にはマイナス「あり」ということを認め、マイナスかならずしもとがめられないことを示し、そのうえでマイナスをプラスに転じる方策を教えるようにしたいと思うわけです。
p12
これからの親は、無理してまで「良い親」を務めようとはしないにかぎります。無理を重ねていると、ストレスがたまり、かえって「悪い親」になってしまいそうです。/そこで、まずは、自分の性分と生活の事情に合わせた育児をするのがよい。ずぼらな人はずぼらに、几帳面な人は几帳面に、主婦は主婦なりに、勤め人は勤め人なりにやっていればよいのです。
p12
子どもより、自分の人生のほうを大切にすることがもっとも大切です。
p13
情報のなかには、商品のPRとかデマも少なくありません。だまされると、とんでもない被害を受けることがありえます。
—-(もくじ)—-
p20
子どもに「つくす」姿勢は、ややもすると、子どもを「思うとおりにする」姿勢に通じかねない。「こんなにしているのだから」という恩着せが、そうさせがちだからです。
p26
学者によって研究結果に差があり、それらの解釈にも論理的な矛盾や飛躍が多すぎます。なかには、ちょっとしたエピソードを拡大解釈して、いい加減な推測を権威あるごとく吹聴している向きもないではありません。
p38
女性が社会で独立した人間として生きていくためには、なるたけ法的にも、夫婦別姓を貫いたほうがよい。
p48
「蒙古斑」と言われていますが、この呼び名には欧米人から見た東洋人への蔑視がこめられているので、「小児斑」とでも言うべきだと思います。
p71
最近は、 ベビー用品があふれかえっています。目にすると、あれもこれもほしくなることでしょう。/けれど、そのなかで必要不可欠なものは、実は、そんなに多くはありません。
p72
ファッショナブルにしようとはしないこと。育児はごたごたした暮らしそのものですから、格好よくできるはずはない。
p79
赤ちゃんは、大人より寒さに強く暑さに弱いもの。生まれて間もなくでも、そうなのです。
p98
ただ、体重を測る間隔は、せめて1週間はあけるように。体重の増加には波があるので、毎日のように測っていると「増えていない」といった無用の心配が起きがちだからです。
p147
離乳食を始めた赤ちゃんには、ダイオキシンに汚染されている可能性の高い近海魚、とりわけ太平洋岸でとれた脂肪の多い魚をなるべく与えないように。たとえば、アジ、サバ、イワシ、ハマチ、ブリ、太刀魚などは、避けたほうが安全です。
p149
ベビーフードは、なるべく使わないに越したことはありません。なにしろ大量生産の工業製品ですから、人間が食べるにはヘンなもの。防腐剤とか着色剤とか調味料などが入っているし、原料も何が使われているか気になります。
p166
3歳までは母親が手元で育てないと、子どもが情緒不安定になるという説があります。世間で「3歳児神話」と言われるものです。/しかし、「神話」という言いかたのとおり、この説には根拠がありません。
p212
成分無調整、ノンホモジナイズ(非均質化)、低温殺菌(62〜65度、30分)の牛乳を勧めます。
p213
フォローアップミルクについて/9カ月以降、幼児期にかけて最適というふれこみのミルクですが、どうにも勧められません。なにしろ、粉ミルクの売れゆきの減ったメーカーが、商売のためにつくりだしたもののように思えてならないからです。
p216
どうやら虫歯の発生は、甘い食品や飲料の氾濫と、無分別な摂取に主な原因があるのです。
p262
やせの大食い
pp266-267
歯へのフッ素の塗布は、勧めたくありません。なぜなら、フッ素は、からだ、とくに骨や歯に害をおよぼす可能性があり、かえって虫歯の発症率を高くするという報告さえあるからです。そのため、WH0(世界保健機関)は、6歳未満の子どもへのフッ素洗口を「禁忌」にしているほどです。もちろん塗布は「洗口」つまり口ゆすぎとは違いますが、幼児では塗布でも飲みこむおそれが十分にあることを考慮しなければなりません。
p280
まずは、できるだけ自己決定をさせる。なにをどのようにするか、やめるかやめないか、いつやめるかといった行為の選択を、できるだけ自分の意志で決めさせるのです。そうすると、けっこう、うまくいくことが多いようです。
p285
からだのしぐさで精神を安定させることは、人間にとって不可欠なのです。
p308
既製品だと、使いかたが限られ、壊れやすく飽きやすいのが難点。新製品も出てくるので、次々と買わされる羽目に陥りがちです。
p308
そうした変幻自在な遊びを誘うものこそが「おもちゃ」なのだと思います。/その意味で、「知能を伸ばす」教育玩具は、勧めたくありません。あらかじめプログラムが組み込まれているので、子どもの自由な想像のはばたきを奪いかねません。それでは、知能が伸びるわけもないでしょう[…]。
p325
しかも、子どもは、しょっちゅう大人から適当なことを言ってごまかされているはず。なにかしてあげると言われて楽しみにしていたのにしてくれなかったり、そのことを子どもがとがめたら、わがままを言うのではないとしかられたり。そんな経験を重ねているせいか、うそをそんなに重大とは考えていないフシがあります。
p329
なにより、障害を「恥ずかしい」とか「かわいそう」などと思うのは、きっぱりと、やめてしまうことです。そうした気持ちは、親の側の勝手な感傷ではあっても、子どものためにはならないからです。/だいいち、「恥ずかしい」と思っているかぎりは、子どもを堂々と社会に出せません。ひいては、子どもにも「恥ずかしい」と思わせ、自信を失わせ、人なみに生きることをできなくさせそうです。
p337
ワクチンには、原理的にも実際にも、副作用がつきもの。その可能性は低いとしても、副作用のまったくないワクチンはないし、ときに重大な副作用にみまわれることさえあるのです[…]。このことを役所や医者の多くは「副反応」と言いますが、それは事態を軽く言いくるめる方便と思わざるをえません。
pp337-338
予防接種を普及させていくと、人工的な生物製剤によって地球上のウイルスや細菌の生態系が乱されるので、必然的に感染症の様相が変わらざるをえません。現に、これまでなかった感染症が出現したり(新興感染症)、もうなくなっていた感染症が盛り返してきたり(再興感染症)しているのです。
p345
自分で調べ、考え、悩み、そして決断する
p346
予防接種を受けることは、予防接種法では「努力義務」と規定されているだけで「義務」ではありません。つまり、受けるよう努力はしなければならないけれど、是が非でも受けなければならない義務はない、強制ではないということです。
p351
過去には、新しく導入されたワクチンによる重大な副作用が、接種開始から2~3年のうちに出ているケースもあります。新しいワクチンにはリスクがつきものということも忘れないでいたいもの。
p367
幼稚園と同様、保育にあたるのがほとんど女性ばかりなのは、育ちに偏りをもたらしそうで気になります。
pp368-369
最近、「幼保一元化」といって、幼稚園と保育園をいっしょにしたり(子ども園)、併設させたり、連携するなどして、対象とする子どもの年齢を広げる動きが盛んになっていること。この傾向は、幼稚園と保育園の差別をなくし、幼児教育を一貫させる点では歓迎したいと思います。/しかし、その動きの裏には、財政の圧縮や運営の効率化のもくろみが潜んでいるみたい。そのことには、おおいに警戒しておきたいものです。
p369
活発でじっとしていられない子とか自分の好きなことに熱中するタイプの子には、行儀やカリキュラムを重んじる「一斉保育」が主の園は合うはずがありません。
p370
おとなしく協調性があり、おけいこごとの好きなタイプの子には、「一斉保育」を主とする園のほうが合いそうです。いろいろと教えてもらえるし、だいいち「自由保育」だと、何をしてよいかとまどうかもしれません。
p382
自分自身にとって大切なのは、育児以外に生きがいをもつこと。とりわけ育児だけでは満たされない気持ちが強いのなら、このことは真剣に考えたほうがよいと思います。
p398
こうなると、家族は、制度としてよりも、「家族」という感覚を共有するメンバーによって成立するものになってこざるをえません。/そんな状況にあっては、育児も、これまでの家族制度に沿ったワンパターンではやっていけない。そうとうに柔軟に、メンバーの個を尊重しなければならなくなると思います。
p400
離婚した相手をことさら悪しざまに話すのは避けるべきだと思います。子どもにとっては実の親ですから、多少の批判はよいけれど、ことさらの悪口は耐えがたいことでしょう。
p405
早い話、食べさせるものには、ほとんど有害な物質が含まれています。なのに、どれだけ安全な食品かは、店頭で成分の表示を見てもよくわからない。まして表示されていない成分については知りようがありません。
p410
まずは、どんな権威のありそうな情報でも、頭から信じないにかぎります。
p410
厚生労働省や自治体などの役所から流されてくる広報の類は、公的なだけに、無批判に信用される傾向が強いようです。/ですが、かならずしも間違いや虚偽がないとはかぎりません。たとえ根拠があっても、ただちに個々人に通じるわけでもないのです。/なぜなら、そうした広報はあくまで国家の意志と行政の立場から発せられるもの。国民なり住民なりを管理し啓発し指導しようとするパターナリズム(父権的温情主義)が本質だからです[…]。
【誤植】
・p20(もくじより前)
誤:マイナスかならずしも
正:マイナスがかならずしも