久しぶりに「頭のいい人の本を読んだ」という印象があった。立花隆さんを思わせる、非常に論理的かつ分かりやすく知的興奮を沸き立たせる文章だ。裁判の話だけでなく、文章を書いたり、コミュニケーション一般に役立つ。著書は多くあるようなので、また読んでいきたい。

以下、ハイライトした箇所だ。

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Location: 134
実際に訴訟になるか否かはおくとしても、ごく普通の市民が法的紛争に巻き込まれる、関係する機会そのものは、社会の高度化に伴い、増えてきている。

Location: 153
『高度に組織され、よく洗練された、巨大なムラ社会』には、安全、平和、規律、調和等のメリットがあり、安心して暮らせるという側面もある。しかし、反面、(ⅰ)集団中心主義、(ⅱ)抑圧的文化、(ⅲ)大きな物事に対する対処のまずさ(戦争、バブル経済、赤字国債、原発等々)、(ⅳ)人々の自発性がなかなか育たず個人の生き方や社会のあり方の新しい方向が定められない、(ⅴ)先のように集団中心の生き方や働き方をするために民主主義社会の基盤であるはずの個人の内的生活や自分と家族のための自由な時間が十分に確保できない、個人の内面的価値意識も尊重されにくい、(ⅵ)表に出ないハラスメントが多い、(ⅶ)経済的なものをはじめとするハンディキャップを負った人々をケアする制度が未発達、未熟である、などの大きな問題、また、息苦しく過酷な側面もある。

Location: 199
僕の基本的な考え方はプラグマティズム(アメリカ型経験論に基づく哲学的方法)である。これは、各種のイデオロギーからは距離をとりつつ、事実を重視し、広い視野からその客観的な意味づけを行い、また、異なる考え方との間に橋を架けようと試みる思想、思想的方法だ。

Location: 202
本書、ことにその中核部分は、そうした観点から、コミュニケーション、プレゼンテーション、書くことの実践的な技術を説くものともなっており、そうした観点からも、法律家や訴訟に興味をもつ人々のみならず、ビジネスパースンや一般学生にも広く参考にしていただける部分があるはずだと考える。

Location: 380
日本では「訴訟を起こされることそれ自体が『恥』である」という意識が人々の間に今なお根強いのも、事実だと思う。

Location: 545
さらに付け加えれば、「弁護士に対して、報酬のみならず、経費を払うことすらもったいない」という感覚が、日本人、ことに庶民にはかなり強いことも事実だ。これは、つまり、かたちにならない法的サーヴィスの価値が理解しにくいということであり、法的リテラシーの問題とも関係がある。

Location: 574
居丈高でまともに説明をしないようなタイプを避けるべきことは医師の場合と同様だが、一方、表面的な愛想のよさ(テレビのタレントや司会者、あるいは各種のセールスパースンがみせるような)にはとらわれないことが大切だ。

Location: 582
つまり、「自分の側の弱点は、意識しなければ無視してしまいやすい」ということだ。

Location: 611
なお、「お金のことは最初に正確に」というのは近代社会の冷厳な原則(イギリス、フランス、ロシア等の近代小説にいかに金銭の話が多いか、思い出してみてほしい)であり、日本人の「奥ゆかしさ」は、こうした場面ではかえって将来に深刻な争いを生む結果になりやすいことも、意識しておいてほしい。

Location: 623
最後に付け加えると、相談してもなお迷いが残る場合には、とりあえず、「家族ともよく相談して、お願いするかどうか決めたいと思います」と弁護士に告げた上で、委任の是非についてもう一度じっくり考えてみるという方法もある。迷いがある場合には、数日間の冷却期間を置くと正しい判断をできることが多いものだ。もっとも、返事をする期限は明確にしておくべきである。

Location: 702
僕は、アメリカ型経験論に基づく哲学的方法であるプラグマティズムを基本とし、そこにヨーロッパ的な観念論の長所をも採り入れた思考方法を基本とする自由主義者であり、同時に、正統的な保守主義や左派のよい部分をも参照するという立場だ。

Location: 708
訴訟の中には、スラップ訴訟のように言論制圧のために訴訟を利用するはっきりと不適切なものもある[。]

Location: 899
真偽不明の状態(ノンリケット〔ラテン語〕 の状態)

Location: 909
要するに、「一方当事者が主張立証責任、証明責任を負う事実(請求原因事実、抗弁事実等)については証明度に達した証明が必要だが、これらに対して相手方の主張する積極否認事実については、先の事実について証明度に達しているような裁判官の確信を揺るがしさえすれば足りる(ノンリケットの状態まで押し返せば足りる)」ということになる。

Location: 1,281
微細な部分はともかく重要な部分の納得できる話、大筋において正しいと思われる話は、信用性が高い。一方、細部にこだわって相手方の揚げ足を取り、悪口を言うことは、本当に誰にでもできる。

Location: 1,307
自由な視点の移動ができにくいということがある。

Location: 1,354
原告本人訴訟の原告についてみると、平均レヴェル以上の知力、理解力を有するはずの人であってもなお「自分の視点」を一歩たりとも動かすことのできない例が、相当に多かった。

Location: 1,409
実は、この点も、日本人の弱点の一つなのだ。主観的確信に弱い人々、すなわち、「みずからが確たる根拠もなく主観的確信を抱いてしまう可能性に関する自覚の弱い人々」、また、「主観的確信を抱いている人の言葉を確たる根拠もなく信じてしまいやすい人々」の割合が、欧米先進諸国の平均よりはかなり高いのではないかと思う。

Location: 1,476
法的な文章について大切なのは、「一義的な明確さ」と「楷書のような正確さと論理性」である。もっとも、そのような文章は、くどくかつ単調なものにもなりやすい。だから、僕は、自分の書物、ことに一般書では、明確さや論理性は失わないように努めつつ、一方、法的な内容のものであっても興味深く読めるように、構成、スタイル、レトリックについては種々工夫している。

Location: 1,494
感情的な言葉を安易に多用する主張は、劣勢であることを自白しているようなものである[…]。

Location: 1,496
なお、インターネットでこうした意味での悪文のレトリックに無防備になじむと、自分の文章も無意識のうちにその影響を受けやすい。

Location: 1,515
「生命保険の勧誘と小説の種は、身内にいくようになったらおしまい」という言葉がある(後者は、「身内のことしか書くことがなくなったらおしまい」という意味。

Location: 1,524
枯木も山のにぎわい

Location: 1,578
僕の経験では、書く技術という側面からみれば、一般書を書くほうが専門書を書くよりもより難しく、高度のテクニックを要する。それは、不特定多数の読者に「興味深く」読ませることの難しさによるところが大きい。

Location: 1,612
なお、「自分はわかっていても読者はわからない」というのは、「著者にとっては致命的」なことなのであり、読者にそのことを指摘された著者は、まずは反省すべきなのだ。

Location: 1,659
集中して情報を得ようとしている読者や観客にあまりにも雑多な情報を与えると、それぞれの細かな事実について一斉に意味づけや推測が働いて、かえって混乱してしまうのだ。これは、人間の認識構造のあり方それ自体に根ざした問題だと思う。

Location: 1,708
(揚げ足取りや決めつけの部分を全部反転させてゆくと、ネガからポジが浮かび上がるように、主張者の弱点が立体的にみえてくる)。

Location: 1,711
準備書面においては、具体的で堅固な記述が何よりも多くを語るのであって、感情的な言葉は無力である。

Location: 1,767
法学は、哲学や論理学と同じく、人文・社会科学の中では、言葉と概念の厳密さにこだわる、それを必要とする学問であるということだ。

Location: 1,992
もちろん、内心穏やかではないのである。

Location: 2,118
民事訴訟における人証の党派性ということがある。民事訴訟では純然たる中立的供述者は非常に少なく、むしろ、本人、本人の知人、会社等の代表者(社長等)やその事案の担当者等、対立当事者、あるいは対立当事者のいずれかの側にある証人といった供述者が多いのである。

Location: 2,125
このような場合、実際には、供述者の記憶は変容しかかっている、あるいはすでに変容してしまっていることが多いのではないかと思う。

Location: 2,142
人間の脳の営みの興味深い特質の一つとして、それが、「何がなんでも統一された一貫性のある絵を描きたい」というこだわりをもっていることが挙げられる。

Location: 2,206
知的で内省的な人間は、虚偽の事実を述べるのが非常に苦手で下手だ。

Location: 2,308
裁判における事実認定は客観的な証拠によって行われるものなのだから(証拠裁判主義)、裁判官は、証拠を軽視してはならない。審理に当たっては何よりも証拠を大切にしなければならない」ということだろう。

Location: 2,344
書物や論文を書くときに、「これはもう書けるな」という感触が得られる時期までそのテーマが発酵するのを待っていると、文章(となるべきある観念)は割合容易に頭の中から流れ出してくる。そして、その瞬間には頭の中で激しい反応が起こっているように感じられる。そこにある「声」に耳を澄まして書き取ることに集中していると、自然に文章のかたちが整ってくる。

Location: 2,537
しかし、難しいのは、一般的な探索の方法それ自体よりも、どのような文献を探索、選択するか、そして、探索したものの評価、位置づけなのである。

Location: 2,609
概念で切ってゆく傾向の強い日本の法学教育、法律論には、事実の客観的で正確な分析という側面において弱さがあるように感じられる。

Location: 2,799
紛争は解決しさえすればよいというものではなく、透明性のある解決でなければならない。和解に強引さは禁物であり、ことに、後から和解無効の主張をされる可能性があるような和解は、裁判官としては、厳につつしむべきである。

Location: 2,829
しかし、少年には、また、彼の両親には、判決を求める「自由と権利」、そしてその判決が間違っていると思うなら最後まで争う「自由と権利」があったことには、間違いがない。/この事件の後、僕は、たとえ事案の解決としてはそれがベターだろうと思われる場合であっても、当事者が望まない和解を強く勧めることはやめた。強い立場にある裁判官が当事者の自由と権利を踏みにじることになりかねないと気づいたからである。

Location: 2,879
陰の金主(その実体は不明)

Location: 2,993
どうも、日本の権力者は、そして、知識人といわれる人々も、人々にフェアに接する心構えが足りないような気がする(いつも、手なずけたり丸め込んだりすることばかり考えている傾向がある)。

Location: 3,398
僕が物心ついたころの日本と現在の日本を比較すれば、たとえば市民のモラル一般は格段に向上している。

Location: 3,404
僕の主観的な感覚にすぎないが、非常におおまかな言い方で比較すると、若手裁判官で法律論を綿密かつ正確に展開できる人(判決の中で見通しのよい法律論を書ける人、説得力のある判例となるに足りるような法律論が展開できる人)は全体の半分足らず、若手弁護士の場合には全体の四分の一程度という印象がある(なお、厳しくみれば、いずれの割合もさらに下がるかもしれない)。

Location: 3,410
やはり、「自分も場合により裁判官になりうるという視点を欠くこと」にあろう。

Location: 3,456
「法的リテラシー」という言葉はやや和製英語的だが、「リーガルマインド」という言葉は英語圏でも広く使われる。「法律を使いこなすために必要とされる、柔軟、的確かつ視野の広い法的思考力・センス」といった含みの言葉である。