p6
わたしは「良く読む者が良く書く」というのが文芸の基本だと思っているんです。

p25
プロットって何よという人のために説明しておきますと、簡単にいえば「物語の中で起きるいろんな出来事の配置」です。

p36
「泣き」よりも「笑い」のほうが知的な営為だから。泣きなんて誰でも共有できる勘定だけど、笑い、特にパロディやパスティーシュ系のものは元ネタがわからなきゃ笑えない。

p37
笑いって幅があるじゃない。つまりバカだから笑っているやつというのも確かにいる。逆に笑えてるから賢いやつもいる。笑いの種類ってものすごく多様だもの。

p46
結局、笑いについて知りたかったら、まず自分自身がどんなことで笑うのかに普段から注意することが大事なんだよね。

p55
比喩って実は諸刃の剣で、センスのいい人は作品世界を比喩によって豊かに広げることができるけれど、センスのない人は逆に小説を陳腐にしてしまうじゃないですか。

p88
本を読んでいる最中だけは自分を忘れられるし、自分っていう小さな檻から解き放たれるから。

p109
類型って、それとわかって書いてる人とわかってないで書いてる人では、絶対に差が出るんですよ。

p153
ポオは全作品、飽き出しの第一行がメチャクチャうまい。要チェックです。

p156
センセイが存外に恋愛巧者、かなりな恋のテクニシャンなんですよ、これが。

p160
たいていの場合、恋愛小説で死ぬのは女性のほうなんですね。

p161
僕はラブストーリーの肝心要は、恋愛の失敗にあると思うんです。

p178
ピカレスクロマンの重大な要素である「旅」ってのは、魂の遍歴のことだよね、きっと。

p190
先行作品へのリスペクトをあえて明言する恩田陸の作品群は、「本歌取り」の A to Z を学ぶのに打ってつけのお手本といって過言ではありません。

p217
「ためにする」って言葉がありますけど、ディーヴァーの小説って読者を驚かせる「ためにする」ものでしかないんです。小説がサプライズに奉仕しちゃってるんですよ。読んでて、すべてを疑ってかからなくちゃいけないから、物語の本筋に没入できない。『ボーン・コレクター』などの初期作はまだ良かったんだけど、ノンシリーズものとかには、後出しジャンケンみたいにずるいサプライズもあったりして、わたしはこの作家が信頼できなくなってます。で、「この人は決してずるいことはしない」っていう作者への絶対的信頼感なくして、サプライズもなしってのが、わたしの考えなんですよ。

p217
読者の立場からしたら、8割ハラハラ2割で安心ってのが、サプライズものの理想だからね。

p218
トリックはワンアイデア。それをサプライズにまで持っていくのは、文章の配置も含めた語りの力なんだと思いますね。

p219
基本的に驚きのない小説なんかないと思うんですよ。良い小説にはどこかに必ず「!」という箇所がある。

p253
作家たるもの、たくさんの小説を読まんでどうするってことだと思うんですよ。陳腐なたとえかもしれませんが、肥沃な土地からいい作物が実るように、作家も読むことが肥やしになると思うんです。読書経験がないまま一作すごいものを書いてデビューしちゃうようなひともたま〜にいますけれど、その後も良い作品をコンスタントに書き続けるのは難しいんじゃないかな、そういうタイプは。

p233
それが私にとって規則正しい生活なんです。規則正しい生活というのはとても大事で、そうやって過ごした方が安定して、いい作品が書ける。

p236
豊崎 でも、時々いますよね、「私は切り替えが早いので、遊ぶときは小説のことを忘れてきっちり遊び、書くときは小説だけに集中しています」って言う作家。きれいごとだと思うなあ、そんなのは。
桜庭 「受験勉強なんかしていない」って言って、合格する人と同じような・・・・・・。

p238
読めばあの頃の気持ちに戻れる「タイムマシン的な本」って誰にでも一冊はありますよね。でも、その一方で、当然読んでよくわからなかったけれど、しばらくたって読み返したら劇的に面白くなる本もある。