p28
17 世紀のオランダは地図製作の中心地だった。地図は、世界を股にかけて商業活動をする 17 世紀オランダにとって欠くべからざる実用品だったが、同時に、室内に掛けて、世界をいながらにして眺め、楽しむものでもあった。

p54
17 世紀のオランダが信奉していたプロテスタントは、神の言葉に返ること、つまり聖書を読むことを第一義としていた。その主張の実践のためには、信者に教育を施し、聖書が自ら読めるようにしなければならない。そのうえ、オランダは商業国家であり、文字が読めなければ契約書も意味がなかった。/そんなこともあって、他のヨーロッパ諸国に比べ 17 世紀オランダでは初等教育が大いに浸透し、大人の識字率は 90 パーセントに達したといわれる。

p56
17 世紀も 30 年代頃から、手紙をテーマにした風俗画がオランダで盛んに描かれるようになる。[…]こうした作品が描かれた背景に、手紙のやり取りを楽しめる識字率の高さとそれを可能にする郵便制度の発達があったことだ。

p72
絵のなかに絵を引用するというレトリックは、絵の意味を豊かにする可能性を潜ませている。

p76
有名な絵の場合は、売却はほとんど不可能なので、政治的脅迫の材料とされることも珍しくない