先日、約 10 ヶ月間やってきたシャーロック・ホームズの読書会を終えた。

最初は自分が人の読書会に参加するだけだった。そのうち、その読書会の運営側のチームに加わることになった。そして最後は自分が読書会を主催するようになった。そんな流れだ。

読書会の運営チームに参加しているときに、「ホームズの読書会をしたいな」と言ったら、その読書会の課外活動として自分で読書会を開く仕組みがあることを教えてもらったのだ。すなわち、ゼロから人集めをするのではなく、既存のプラットフォーム(=その読書会が持つネットワーク)を利用して読書会を開ける。人集めという特にハードルが高い部分を軽減できるから、読書会を比較的簡単に始められるというわけだ。

我ながらシャーロック・ホームズに目をつけたのは鋭いと思っている。私自身が中学生時代からのホームズ・ファンであるからある程度詳しいし、最近はドラマの『シャーロック』や映画でホームズの人気が出ている。ホームズの読書会に興味がある人はいてもおかしくない。

読書会を始めようと思ったときに、ちょうどドラマの『シャーロック』の DVD/Blu-ray が発売されたときだったので、その鑑賞会も開くことができた。読書会以外でもイベントのアイデアを広げることができると分かったりもした。

これまでの人生で初めてシャーロッキアン(ホームズ・ファン)を自称する人に会ったのは、東京で大学院生をしていたときだった。やっぱり、いろんな人に出会える東京はすごいなあと思ったりした。でも、自分で読書会を開くことで、日本シャーロック・ホームズ・クラブの会員だった人とも知り合うことができた。自分が情報発信する側になれば、同じような趣向を持つ人に会えることも学べた。

一つ決めていたマイルールが、内容のある読書会にすることだ。私は自分が行く読書会でもしっかり準備する。課題作品は何回も読むし、著者の他の著書や、その他関連書籍も読む(ちゃんと全部買う)。だけどね、読書会はそれだけ一生懸命準備する人はほとんどいない。ただの仲良しクラブになっている。だから一生懸命準備した私なんかはバカらしくなってくるんだよ。私は自分の読書会はそんな会にしたくないし、努力が報われる会にしたいので、自分がしっかり準備するのはもちろん、参加する人には資料をたくさん配ったり、いろいろな方面で「学習」をサポートするようにしていた。一生懸命勉強して読書会に臨んだ人がいたかどうかは分からないけど、少なくとも私自身が勉強しているところを見せて、そういう土壌でできた読書会だと示してきた。

もう一つのマイルールは、読書会の会場は会議室にすることである。カフェなんかでやれば会場費が掛からないよと言われたけど、他の客がいたらやりにくいじゃないですか。それにカフェだと自分がお客さん気分になってしまう。会議室だと自分が運営している感じがする。主体性を持てる会議室の方がいい。

さらに毎回会場を変えていた。普通の貸し会議室だけでなく、生涯学習センターでやったこともあるし、ホテルの会議室を使ったこともあった。現状維持は危険である。会場を変えるなんてちょっとしたことだけど、毎回会場を変えることで小さな挑戦を続けることができる。名古屋市内の会議室は相当調べたので、どんな会議室があるかが分かった。今後いつでも同じようなイベントを開催できる状態になった。

カフェでやればいいじゃんと言う人は「お金は一切出さないぞ」という考えなんだと思う。ネット世代の人はお金を払わないことに慣れきっている。私はそこに異議を唱えたい。彼らはお金を払わないと実現できないようなことが見えなくなっていると思うんだ。無料ではできないようなさまざまなことをお金を掛けて実現していきたいし、そこから生み出される価値を参加者の方々に提供していきたい。私はそこで自分が払った経費以上のリターンがあると信じている。

会場代以外にもいろいろお金を掛けた。こんなこともやってみたい、あんなこともやってみたいと、私のリソースを全投入してアイデアを出してきた。やりたいこと、好きなことなので、アイデアはクリエイティブにどんどん生まれるのだ。いろいろ試してボツになった案も多い(今後このブログで過去のボツ案を紹介してもいいかも)。でも、その試行錯誤でいろいろなことを学べたし、スキルも身に付いた。会場までの交通費といった、細かいものまで含めて全経費を記録してきたが、この 10 ヶ月で 30 万円ほど掛かった。20 万円が会場代等の諸経費で、10 万円が課題本を含めた関連資料代だ。

ドラマの鑑賞会は法律的な問題で参加費は無料にする必要があった(そのあたりも調べて勉強になった)。読書会も最初は参加費を無料にしていた。むしろ私自身がいろいろ学べているからお金を払う側であり、別にお金はもらわなくていいやと思っていた。シャーロック・ホームズだって「仕事自体が報酬だ」と言っている。一方でぜひ参加費を払いたいという人がちょくちょくいた。たしかに価値を提供できていると信じるなら、進んで対価を受け取ることを恥じる必要はない。

ただ普通にお金をもらうのでは面白くないので、お金ではなく献本によるオプションを設けることにした。普通にお金を払ってもいいし、本を私にプレゼントしてもいいというわけだ。その本を読んで得られた創造性やアイデアをまた別の読書会に活かし、参加者に還元していく、そういう仕組みなのだ。面白いアイデアでしょ。

本は好きに選んでもらうのではなく、Amazon の「ほしいものリスト」を公開して、そこから選んでもらうことにした。どの本を選ぶかでその人のセンスが分かったりもする。参加費は 1000 円にしていたのが、お金を払いたくない人は 1000 円以下の安い本も選べるようにした。

しかしその献本というスタイルに文句を言ってくる人がいると教えてもらった。前述のように、すでにある読書会のプラットフォームを利用させてもらっているので、そこのルールに従わなければいけない。高額な本を贈る人がいるのではないか、などと言うのだ。実際献本は 1000 円以下の本ばかりだったし、そもそも本を受け取ることに何が問題があるのだろう。本を受け取ることで私が法外な収益を得ている・・・なわけない。

私はそういうことを言ってくるのは、「いちゃもん」にすぎないと思っている。参加していない人が想像で言っているだけにすぎない。文句は参加してから言ってほしい(参加した人からの意見ならしっかり聞きます)。参加しなくてもいいけど、最低限ちゃんと実態を調査してから文句を言うべきである。聞き取りぐらいできるでしょ。そして参加したら分かるとおり、参加費以上に価値を提供しているつもりだし、一人で運営をしている私は準備に相当時間を掛けている。読書会の準備で他の事業をストップさせる必要があり、そのため前述の経費以外に機会費用という観点でも相当のコストが掛かっている。

そういう足だけ引っぱる連中がいることにウンザリして、「それなら無料にしてやる」とまた無料に戻した。するとまた良心的な参加者から参加費ぐらい受け取ればいいと言われたりして(板挟みです・・・)、最後の数回は再び普通に現金で(献本ではなく)参加費を受け取ったりした。

足を引っぱりたがるのは、嫉妬しているからだよ。好きにやっていることが気にくわないから、絶対に金を受け取らせないぞと邪魔をする。普段から仕事やらで嫌なことをしているんだろう。嫌なことをさせられて人は、他の人にも嫌なことを強制する。サラリーマン時代はそんな人ばっかりだったし、それは前時代の価値観に生きている人である。やりたいことで価値を生み出し、対価を得るのが、これからの仕事のスタイルであり、それが実現できる時代になっているのだ。

そんなこともあり、この読書会で全シリーズを読み切ったあとは、そのプラットフォームでの読書会ではなく、読書会やらを開催する際は独自にやると決めていた。一応これまでの読書会にも参加してきたが、自分の読書会を宣伝する場と割り切っていた(自分主催の読書会を終えたから、もう参加する必要はなくなった)。

人の読書会に参加するだけでは、単なる「フォロワー」にすぎない。「傍観者」「他者にぶら下がるだけの人」「歯車の一つ」である。自分自身がプレイヤーになるなら、自分が運営側にまわり、さらに自分で読書会を開くべきである。私がたどってきた経緯は、人生におけるプレイヤーになるための当然の道筋だったと思う。

読書会を自分で運営するのはツラいです。苦しいです。悩みも多いです。でも、人の読書会に参加するだけの楽な行為では、自分の価値は高まらない。たとえ「勉強したぞ〜」と思っても、主催者がすごいと思われるだけで、あなたはすごくない。よく読書会なんかで最後に記念撮影をしたりするが、あれは悪しき風習だ。そこに嬉しそうに写っている自分は主催者の歯車の一つなっていることに気付くべきだ。

数年前の自分なら、読書会を自分で開くなんて「とんでもないこと」だった。そんな「大それたこと」は考えもしなかった。話すのは苦手だし、どうやって会場を見つけるのかも、運営方法も全然分からなかった。それがいつのまにか、好きなことを実現するためだからこそ、どんどん解決方法が見つかり、苦手意識も気にならなくなった。とにかく最後まで読書会をやりきるぞと決心できたし、実際にやりきれた。本当にやりたいことなら、どんなことでも実現できてしまうと確かな感触を得ることができた。これは今後の人生において非常に大事なメンタリティーだと思う。

読書会は運営の準備だけでなく、課題作品も丁寧に読み(時には複数の出版社のバージョンを読み比べたりして)、毎回「消耗」していた(いい意味で)。いつも読書会後の数日はグッタリ疲れていた。読書会を最後まで終えたことで、これで保留にしていた他のことができるぞ!とスッキリした気分だ。読書もホームズ以外の積ん読がずいぶん増えたので、好きな本も自由に読みたい。フランス語も勉強したいなあ。そのため、他人の読書会には基本的にはもう行かないつもりだしね(読書会に参加すると、また一生懸命準備しちゃって時間が取られるから)。

これでホームズから解放されたと思いつつ、一部未読の出版社のホームズがあるので、それは一応最後まで読み切りろう。読書会の資料やレビューをまとめた本の出版も考えている。

とりあえずホームズの読書会をやり切るというゴールは達成できた。また新たなゴールを見つけて挑戦していきたい。