p23
そしてもっとも大切なことは、そのスーパーで売っているような「当たり前」の紅茶の味が、つまり本当の「イングリツシュ・ティー」なのだということである。/フォートナム&メイソンに行って、高いお茶を買うのも結構だけれど、それは観光客のセンスである。

p34
なにごとも、自分が子供の頃から刷り込まれた「観念」を規準として、それに外れたものはすべて「まずい」と斬り捨てる、そういう精神は、軽薄なる観光客の視線であって、いやしくも異国の文化を研究しわが物にしようという「学生」の取るべき態度ではない。

p38
滞在すると、ただ通過するだけの旅行者には見えない「なにか」が見えてくるのである。

p48
ただ大切なことは、その金を惜しむのではないということである。値切るという行為は、あくまでも上品に楽しくやらなくてはいけない。店の主と、押したり引いたりしつつ、その間に、その由来をたずねたり、品質を検討してみたり、ということをこそ楽しみたい。/それで、買うときは、すっきりと、きれいに買いたいものだ。/いつまでもえげつなく値切り続けてねばったり、そういうことをすると、結局ほんのわずかな金子のために、オノレの心を卑しくすることになる。

p64
いったいいつから日本人はこんなに誰も彼もだらしない酒飲みになってしまったのであろう。私はどうしたって慨嘆せずにはいられない。

p73
しかし、それは一人の愚挙を嗤(わら)うだけには止まらない大きな問題を示唆しているのである。

p89
旅先で、骨董を見て歩くとき、私は「結縁」と称して、必ずなにか一つは買うことにしている。

p90
その器が良いものであるか、悪いものであるかは、鑑定的には難しいところがあるけれど、私にとってはそれはどうでもいい。要は「それを使いたいかどうか」だけが問題なのだ。

p93
さて、イギリスのホテルでは、一流になると部屋にはお茶を作って飲むための備品(電気やかん、カップ&ソーサー、ティーバッグ、ミルク、砂糖、ビスケットなどのお菓子がワンセットになっている)を置かないのが不文律になっている。そういうことは何時であつてもフロントに申しつけるべきことで、客が自分で作るべきものでないという建前なのであろう。

p112
良いホテルの条件とはなんだろうかと、つらつら考えてみるに、結局行き着くところは、そこで働いているホテルマンたちの意気と見識であろうと思い当たった。

p128
旅館とホテルとどちらを選ぶかと聞かれたら、私は一瞬の躊躇なくホテルを選ぶ。日本旅館はひたすら疎ましいというのが私の実感である。

p129
品数ばかリウルサイほど出して、そこへ仲居があれこれいらぬ世話を焼くのも疎ましい。どうか黙って放っておいてもらいたい。

p130
客が食事に出ているすきに勝手に部屋に入って床を延べかつ畳むという従来からのやり方も、是非考え直してもらいたい。

p131
ただ惰性で旧態依然のやり方を疑わない旅館には、今後とも決して泊まる気がおこらぬ。