[読書会]『はじめてのジェンダー論』
- 読書
- 2017/07/29 Sat 09:48
今回の月例読書会の課題本は、加藤 秀一『はじめてのジェンダー論』。
課題本に関連して、トランスジェンダーを扱った映画『リリーのすべて』を観ておいた。
[映画][レビュー]『リリーのすべて』 – 読書ナリ
https://dokusho.nary.cc/2017/07/24/film-review-the-danish-girl/
ジェンダー論は扱うテーマが広く、かつ個人のアイデンティティーや体験と結びつきやすい。自分なりの考えを多かれ少なかれ持っている人も多いと思う。
私も考えがそれなりにあるほうだ。読書会では基本的に mixi ネームで呼び合うことになっているけど、私のmixi ネームはフランス語で、男性にも女性にも使える名前にしている(日本語だと「薫」「光」みたいな)。男女の枠を超えて自由でありたいという意味を込めているからだ。
子どもの頃は「ホモ疑惑」がよく起きていた。私は優しいタイプの男子とばかり仲よくしていただけなのに(特にアヤシいことは何もしていないぞ)。社会人になってからも会社で結局優しくおとなしい人と仲よくしていた。乱暴な体育会系男子とは距離を置いていた。
サラリーマン時代はストレス解消も兼ねて、机の上は小物とかを綺麗にディスプレイしていた。お花やムーミングッズを置いたり、飴をお皿に盛っていたり、クリップはグラスに入れておしゃれな感じにしていた。私の机を「雑貨屋さん」と呼ぶ人もいたし、その噂が広がって他の部署の女性が「机を見せてください〜」とやってきたこともあった。そういうことで認められる(?)のが嬉しかったんだよ。
サラリーマンをやめて現在は家で仕事をしている。ワイフが勤めに出掛けるので、家事の8割は私がする(料理だけは苦手なのでワイフにお願いしている)。
そんな感じで、(あえて男/女という枠組みで考えるなら)私は女性寄りの男だと自分でも思っている。男性性と女性性を両方兼ね備えることがより人生を豊かにできると思うんだ。
私は男らしさとかマッチョイズム的なものが大嫌いなのだ。日本はいまだに男性中心社会だ。自分の親世代を見ても分かるけど、年上ほど男尊女卑。サラリーマン時代にトップの人が裏であからさまな女性差別発言をするのを聞いてガッカリした覚えがある。そしてそういう環境にいると知らず知らずのうちに、下の世代にもその考えがすり込まれていくんだよ・・・・・・。
男からしたら既得権益を守りたいんだろう。会社や日本のトップは必然的に年齢が高いので、なかなか男性中心の社会を変えるのは難しい。(一方で、こういう「老害」に関しては、どうせ先に死んでいく世代なので、連中を変えようとせずとも放っておけばいいという考えもある。)
このように、私はジェンダーに関してはジェンダー・アイデンティティーや男女の労働環境の改善などに興味があった。
この前提で本書を読んだ。
最初に読んだときは、イマイチ本の内容に共感できなかった(間違ったことが書いてあるとかじゃなくて、ハートにグッとこないというか)。同じことを読書会のテーブルでも言っていた人がいたが、教科書風でドライな文章なせいかもしれない。著者のパーソナル・ストーリーがあれば読者がもっと自分にに引き寄せやすいんじゃないかな。
何より問題なのが、本を読む前と自分の考えが変わっていないと気付いたことだった。自分のジェンダー論に変化がない。読書は自分の考えを離れて、著者の視点に立つことが大切だ。自分の考えに凝り固まって、本を「置いてけぼり」にするのは読書じゃないんだよ。自分を壊していくのが読書の醍醐味である。そのために、いかに「著者の視点に近付けるか」を考えるべきだ。
だから、ジェンダー論という、すでに自分の(凝り固まった)考えを持ちがちなテーマであるからこそ、読書会では「自分のジェンダー論」を語ること以上に、課題本について語れるようになることを極力目指した(実際は難しかったけど)。
さて、では著者の視点に立つにはどうすればいいか。まずはプロフィールをしっかり読み、どんな人かをイメージしてみよう。加藤さんはジェンダー論に関する著書がたくさんある。私より 20 歳ぐらい年上だな。大学院を出ておそらく 20 年ぐらい大学の先生をしている。となると、一般書である本書が、パーソナル・ストーリーを削り、教科書的な文章にしているのは、大学の先生としてアカデミックなレベルでジェンダー論を社会に啓蒙していこうとしているんだなと想像できる。
著者の視点に立つ方法その2は、他の著書を読むこと。いろいろな視点から著者について知ることができるからね。私は手に入る本はなるべく集めて読みました。読んだ本は__
『性現象論』(1998)
『セクシュアル・ハラスメント キャンパスから職場まで』(共著、2000)
『<恋愛結婚>は何をもたらしたか』(2004)
『図解雑学 ジェンダー』(共著、2004)
『「ジェンダー」の危機を超える!』(共著、2006)
『知らないと恥ずかしい ジェンダー入門』(2006)
『自由への問い 生』(2010)
『<個>からはじめる生命論』(2007)
『現代哲学ラボ 第3号: 加藤秀一の生む/生まれることをめぐって』(共著、2016)
さらに別の著者の同一分野の本を読むと、著者の立ち位置が明らかになることもある。今回は『バックラッシュ!』(上野 千鶴子・他、双風舎、2006)を読んでみた。この本はすごく分かりやすく、なかなか面白かった。
著書を読んでいくうちに、分かりました。加藤さんはすごい! 「人権や自由は絶対に守らなければいけない」と考えているのがひしひしと伝わってきたし、彼はそうやって学問の世界からずっと活動しているんです。特に『性現象論』では初期の文章が読めるので、若々しくて真剣さが伝わってきて結構好きになったのだ。
その上で課題本を再読すると、幅広くジェンダー論がまとめてあるよくできた本だと分かる。何より自分の浅い理解に気付かされてくれた。特に男性にとって、男性中心の社会で生きることが当たり前になっている。いわば「盲点」がたくさんできている。そこに気付くことができる(見えないものが見えるようになるのは驚きだ)。世界の見方が変わるような本なのだ。
私は読んだ本でもたいして興味がなければすぐ売ってしまうんだけど、加藤さんの本(の一部)は売らずに本棚にキープしておくことにした。
読書会では恋愛の話にもなった。最近の「恋愛経験がないくせに理想が高い男性」が悪いということでみんな一致していた。普通そう考えるだろう。でも、あえて逆を言いたい。理想はどんどん高くしよう。大事なのは自分に価値があると信じることなのだ。これは恋愛に限らず仕事でも何でも同じことである。「どうせ自分は・・・・・・」と思い、自己評価を下げることは害悪そのものだ。そんな人が恋愛がうまくいくはずがない。「自分は最高の女性と付き合うことができる」と自信を持ち、どんどんアタックしよう。そう、問題なのは理想が高いことじゃない。アタックしないことなんだから。